フィリッポ・リッピ《聖母戴冠》|父から息子へ受け継がれたスポレートの傑作

 
ウンブリア州スポレートの全景
スポレートの街並み

ウンブリア州の古都、スポレートをご存じでしょうか。ローマから鉄道で一時間半ほど、中世の街並みと豊かな芸術文化が息づく、ウンブリア州を代表する歴史都市のひとつです。

 

ウンブリアの古都スポレートと大聖堂のフレスコ画

スポレート大聖堂のファサード
スポレート大聖堂(ドゥオーモ)

街の中心に建つスポレート大聖堂(ドゥオーモ)は、この街を訪れたらぜひ足を運びたい名所のひとつです。ロマネスク様式の美しいファサードを持つこの教会に入ると、奥には壁一面を覆う壮大なフレスコ画が広がっています。描かれているのは聖母マリアの生涯をめぐる物語です。《受胎告知》《キリストの降誕》《聖母の死》、そして中央の天井のドームには壮麗な《聖母戴冠》が描かれています。

この大作を手がけたのは、初期ルネサンスを代表する画家フィリッポ・リッピです。フィレンツェやフィレンツェ近郊の街プラートに数々の作品を残したリッピは、1467年に家族とともにスポレートへ移り住み、この一大事業に取り掛かりました。

 

フィリッポ・リッピ最後の傑作《聖母戴冠》

フィリッポ・リッピ《聖母戴冠》スポレート大聖堂
《聖母戴冠》フィリッポ・リッピ
スポレート大聖堂 スポレート

一連の壁画の中でも最も大きな作品《聖母戴冠》は、高さおよそ9メートル、幅13メートルにも及びます。《聖母戴冠》とは、聖母マリアが天上で冠を授けられ、「天の女王」として迎えられる場面を描いたものです。中世からルネサンスにかけて数多く描かれた主題ですが、スポレートの作品には独特の魅力があります。

まずは中央。リッピの《聖母戴冠》では、キリストではなく父なる神がマリアに冠を授けています。ひざまずく聖母マリアを中心に、天使や聖人たちが幾重にも取り囲み、壮麗な天上世界が広がります。印象に残るのは、その鮮やかな色彩です。赤や青、金色を基調とした華やかな衣装が画面全体を彩り、見る者の目を引きつけます。

さらに、戴冠の場面を取り囲むように虹色の光輪が描かれ、厳粛な宗教画でありながら、どこか祝祭のような、明るさと喜びに満ちた雰囲気が漂っています。

人物たちの表情も実に柔らかです。神秘的な存在でありながら、どこか親しみやすく、人間らしい温もりを感じさせます。まるで天国という遠い世界を描きながらも、私たちの日常にある喜びや安らぎを映し出しているかのようです。

 

人間味あふれる画家、フィリッポ・リッピの生涯

スポレート大聖堂の内部と後陣のフレスコ画
スポレート大聖堂の内部
奥にリッピのフレスコ画が見える

この「人間らしさ」こそが、フィリッポ・リッピという画家の大きな魅力でした。

リッピは1406年頃、フィレンツェで生まれました。幼くして両親を亡くし、修道院で育ったことから、若くしてカルメル会の修道士となります。しかし、その人生は敬虔な修道士というイメージだけでは語れません。リッピは自由奔放な性格で知られ、数々の逸話が後世に伝えられています。なかでも有名なのが、修道女ルクレツィア・ブーティとの恋愛です。プラートで制作を行っていた頃に出会った二人は修道士と修道女でありながらも深い関係となり、やがて息子が誕生します。その息子こそ、後に父の跡を継ぎ、ルネサンス後期を代表する画家の一人となるフィリッピーノ・リッピです。親子は二代にわたってルネサンス絵画の発展に大きく貢献しました。

こうした波乱に満ちた人生経験もあってか、修道士でありながらどこか人間くさい彼の気質は、作品の随所ににじみ出ているように感じられます。リッピの描く聖人たちは神聖な存在でありながら、同時に温かな感情を宿しています。その表情や仕草からは、まるで一人ひとりの「心」が見えてくるかのようです。

人間そのものへの関心が高まりつつあった初期ルネサンスの時代において、リッピはそうした新しい感覚をいち早く絵画に取り入れた画家の一人でした。理想化された聖人ではなく、喜びや優しさ、時には親しみやすさまで感じさせる人物像は、次の世代の画家たちにも大きな影響を与えました。

 

父から息子へ―壁画を完成させたフィリッピーノ・リッピ

そして、この壁画にはもうひとつ特別な物語があります。それは、リッピとその息子フィリッピーノを繋ぐ物語です。

この壮大な壁画に取り組んでいたリッピですが、その完成を見ることなくこの世を去ることになるのです。残された仕事を引き継いだのは、工房の弟子たち、そして息子のフィリッピーノ・リッピでした。父が描き始めた天上世界は、弟子と息子の手によって完成へと導かれたのです。つまりスポレートの壁画は、一人の画家の傑作であるだけでなく、後のルネサンス芸術へとつながる重要な作品でもあるのです。

壁画に描き込まれた父と息子の姿

スポレート大聖堂後陣のフレスコ画 上方に《聖母戴冠》、下方に《聖母の死》
後陣のフレスコ画
上方に《聖母戴冠》、下方に《聖母の死》が見える

また、《聖母戴冠》の下方《聖母の死》は、その画面の中にリッピの自画像と考えられている人物が描かれていることでも知られています。マリアの足元に立つ、黒い頭巾をかぶった人物です。さらに、その手前に描かれた白い衣の天使は、若き日のフィリッピーノをモデルにしたとも伝えられています。もしそれが事実ならば、この壁画には父と息子がひそかに描き込まれていることになります。聖母の物語のなかに、記念写真のように自らと息子の姿を残したリッピは、愛する息子と同じ作品に携われることに、密かな喜びを感じていたのではないでしょうか。

スポレート大聖堂に眠るフィリッポ・リッピ

フィリッポ・リッピの遺体は、本来であればメディチ家によってフィレンツェへ移される可能性もありました。しかしスポレート市民は、自分たちの街に偉大な芸術家を留めたいと強く望み、その願いは受け入れられます。こうしてリッピは、最後の大仕事に取り組んだスポレート大聖堂に眠ることになりました。

リッピの墓碑のデザインを手がけたのも、息子フィリッピーノでした。父の最期の作品を完成させ、父の眠る場所を整えた息子。その姿からは、画家としてだけでなく、一人の息子としての深い敬愛の念も感じられます。

スポレートを訪れた際には、ぜひ大聖堂の奥へ足を運んでみてください。

そこには、フィリッポ・リッピが人生の最後に描こうとした理想の世界が広がっています。そして同じ聖堂の中には、その世界を描き上げた画家自身が眠っています。

父から息子へ、師から弟子へ―

スポレート大聖堂で行われたこの小さな「バトンタッチ」は、一つの工房の世代交代であり、親子の最後の共同作業であり、そしてルネサンス芸術へと受け継がれていく、大きな一歩でもあったのです。

 

イタリアの余韻を、食卓へ

スポレートの大聖堂に広がる天上の世界と、父から息子へと受け継がれた物語に心を動かされた方は、ぜひ食卓からもイタリアの奥行きに触れてみてください。
イタリア食材ベリッシモでは、土地の個性と作り手の息づかいが感じられる品をご紹介しています。