コレッジョの”大仕事”
【宗教画:5】イタリア巡礼路を辿る†~魂を彩る神聖な旅~
※カバーの絵:サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂天井画
Via Franceginaを巡る旅、第12話ではパルマの街をご紹介しました。ご紹介した通りパルマは美食と文化の遺産がとても魅力的な街ですが、この地にイタリアルネッサンスの3大巨匠と並ぶ、圧倒的な才能を持つ画家が存在したことをご存じでしょうか。その画家は、通称コレッジョ。本名は、アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョといいます。コレッジョという呼び名は、彼の出身地、エミリア・ロマーニャ州レッジョ・エミリア市のコレッジョ村に由来します。
1489年(推定)に生まれた彼は、パルマの東30キロほどのコレッジョ村に生まれ、その人生の多くをパルマ近隣で過ごした画家です。コレッジョの人物像については、残念ながらあまり詳しい記録が残されていませんが、大変真面目かつ内気な性格であったことがヴァザーリの芸術家列伝に記録されています。たぐいまれな才能と技量を持ちながらも地元に留まり活動していたのは、そんな性格故かもしれませんね。そのため、パルマではたくさんのコレッジョの作品を見ることができます。今回は、そのなかでも有名な、大聖堂のクーポラのフレスコ画からコレッジョの人物像について探っていこうと思います。
実に4年を費やして描かれた大作です。テーマは「聖母被昇天」。聖母マリアが天使たちに連れられ天井へ昇天していく様を描いたものです。だまし絵の技法を駆使して、天井に向かって吸い込まれそうなほどの立体的な表現で描かれています。おびただしい数の天使と、仁王立ちで両手を広げ、たくましく上昇していくマリアは、すさまじいまでの生命力にあふれています。死後のマリアに生命力を感じるのも不思議なものですが、そういえば、聖母被昇天というテーマに描かれるマリアどんな作品においても悲壮感が漂うものではなく、希望や信仰に満ちた表現になっていることが多いですね。
母を迎えるイエス・キリストは、天から舞い降りてきたまさにその瞬間を描かれ、宙を舞う姿の力強い「足」に目が行きます。下から見上げる構図で描かれているためですが、当時は「カエルの足のスープ」と酷評されてしまった、という逸話を持っています。それほど斬新であったということでしょう。後にベネツィア派の巨匠、ティツィアーノに絶賛されたことでコレッジョの名声をより高めることになったのですが。
この作品で駆使された遠近法は、マンテーニャ(1431-1506)やレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)の影響であると考えらえます。コレッジョは初期のころにはすでにこれらの画家から影響を受けたことがわかる作品を多く残しています。まず、天井に穴が開いたように見えるスタイルは、マンテーニャの影響でしょう。コレッジョは1506年マントヴァに移住した際、マンテーニャの作品を数多く目にしています。マンテーニャの影響を見て取れる作品は他にもありますが、《聖母被昇天》は、間違いなくパラッツォ・ドゥカーレ宮殿のマンテーニャの壁画に影響を受けて作られたものでしょう。
マンテーニャは短縮法を用い、極端ともいえる遠近感で描く絵が印象的です。こちらの壁画も下から見上げるので、やはり「足」が目立ちますね。
レオナルド・ダ・ヴィンチからは、明暗を用いて人物にスポットライトを当てたような表現の他、スフート(ぼかし)を駆使した空気遠近法の手法を学んでいます。例えば、1515年~1517年頃に描かれた《聖母子と幼児聖ヨハネ》は、レオナルド・ダ・ヴィンチの《岩窟の聖母》(1483年~1486年)と構図や色使いに至るまでよく似ています。
コレッジョはレオナルドやマンテーニャの作品を見て、さぞ感動したのでしょう。「影響を受けた」というよりも「徹底的に研究し尽くして自分のものとして昇華させた」というのが相応しいように感じます。やはり、コレッジョの大変真面目な性格がその作品からもありありと伝わってきますね。
これだけではありません。マンテーニャやレオナルド・ダ・ヴィンチの他にもコレッジョによって「研究し尽された」画家は、ラファエロやミケランジェロなど実に様々です。
コレッジョは「真面目で内向的」な性格故に、生涯の多くを地元で過ごした画家です。彼は1534年に残念ながら45歳(推定)という若さで亡くなっています。パルマでの絵画制作の報酬を受け取った彼は、銅貨を背負って徒歩で帰ろうとしたところ、太陽の熱に打たれたため熱中症となり胸膜炎をおこしそのまま帰らぬ人となったのです。その最期もまた、「大変真面目かつ内気」な性格が見え隠れしていますね。コレッジョがもっと野心と行動力に満ちた人物であったなら、彼の人生はまた違ったものになったかもしれません。しかし、コレッジョはイタリアルネサンスによって開花し、様々な野心ある芸術家によって模索されてきた「人間性の自由」の表現、また「遠近法による写実」の表現を、その勤勉さをもって「まとめ上げ」ました。コレッジョによって描かれた人物像や明暗表現は後のバロック時代の画家たちに大いに影響を与えていくことになるのです。その意味でコレッジョの作品は、その作品としての素晴らしさはもとより、「ルネサンス最後の大仕事」と言えるでしょう。
文責/アドマーニ