サルデーニャ伝統のパン「パーネ・カラザウ」 パリパリ食感に息づく、島の知恵と歴史

 

パーネ・カラザウとは|和紙のように薄いサルデーニャの伝統パン

サルデーニャの伝統パン、パーネ・カラザウとオリーブオイル、小麦の穂
パーネ・カラザウ

イタリアには地域ごとに個性豊かなパンがありますが、その中でもひときわユニークな存在が、サルデーニャ島の伝統的な薄焼きパン「パーネ・カラザウ(Pane Carasau)」です。
まるで和紙のように薄く、驚くほど軽やかな食感。手に取るとパリッと音を立て、口に入れれば香ばしい小麦の風味が広がります。日本ではクラッカーのような食べ物と思われることもありますが、現地では今でも日常の食卓に欠かせない、れっきとした「パン」です。
一見するととても素朴なこの一枚には、サルデーニャの厳しい自然と、人々の知恵、そして長い歴史が詰まっています。

 

羊飼いが生んだ保存食の知恵|パーネ・カラザウの歴史

サルデーニャ内陸部の丘陵地で放牧される羊の群れと夕暮れの風景
羊の放牧風景

パーネ・カラザウの起源ははっきりとは分かっていませんが、その歴史は非常に古く、古代までさかのぼるとも考えられています。島の内陸部では、古くから羊の放牧が盛んでした。羊飼いたちは何週間、ときには何か月もの間、山で羊とともに暮らしていたため、長期間保存できる食料が欠かせませんでした。そこで生まれたのが、この薄く焼き上げられたパンです。羊飼いの妻たちは、デュラム小麦粉と水、塩、酵母というシンプルな材料を使い、生地をできる限り薄くのばして焼き上げました。こうして仕上げられたパンは非常に軽く、適切に保存すれば数か月、場合によっては一年近く品質を保つこともできるといわれています。驚くほど薄い形状も、効率よく乾燥させるための工夫でした。サルデーニャの乾燥した気候だからこそ、この保存食は何世紀にもわたって受け継がれてきたのでしょう。

 

名前に宿る物語|「カラザウ」と二つの愛称

「カラザウ」という名前の意味|二度焼きが生むパリパリ食感

「Carasau(カラザウ)」という名前は、サルデーニャ語の「carasare(焼き直す・トーストする)」という言葉に由来するとされています。実はこのパンは、一度焼いただけでは完成しません。一度焼いて大きく膨らませた後、上下二枚に切り分け、さらにもう一度焼くことで水分を徹底的に飛ばします。この二度焼きこそが、パーネ・カラザウならではの特徴です。
この二度焼きによって余分な水分が抜け、独特のパリパリとした軽い食感が生まれるのです。

「羊飼いのパン」と「楽譜の紙」|二つの愛称に込められた誇り

オリーブオイルとハーブをかけた、紙のように薄いパーネ・カラザウ
紙のように薄いパーネ・カラザウ

パーネ・カラザウには、二つの愛称があります。一つは「羊飼いのパン(Pane dei pastori)」。これはその名の通り、長い放牧生活を送る羊飼いたちのために生まれた歴史に由来しています。そしてもう一つが、「楽譜の紙(五線紙)(Carta da musica)」という何とも美しい呼び名です。この愛称には、二つの由来が伝えられています。一つは、このパンが紙のように薄く、「楽譜が透けて読めるほど薄い」とたとえられたことから名付けられたという説。もう一つは、口にしたときの「パリッ」「サクッ」という軽やかな音です。その心地よい響きが、まるで音楽を奏でているようだとして、「楽譜の紙」と呼ばれるようになったともいわれています。
どちらが本当の由来なのかは分かっていません。しかし、どちらの説も、この伝統のパンを愛し、誇りに思うサルデーニャの人々の気持ちが伝わってくるようです。

 

パーネ・カラザウの食べ方|そのまま、湿らせて、重ねて

パーネ・カラザウの楽しみ方もさまざまです。そのまま食卓に並べ、料理のソースをすくったり、生ハムやチーズをのせたりして味わうのが定番です。オリーブオイルを少しかけるだけでも、小麦の香ばしさがいっそう引き立ちます。また、水やブロード(出汁)で軽く湿らせれば柔らかくなり、ラザニアのように重ねて料理に使うこともできます。

郷土料理「パーネ・フラッタウ」|砕けたパンから生まれた一皿

トマトソースとペコリーノチーズ、ポーチドエッグを重ねたパーネ・フラッタウ
パーネ・フラッタウ

なかでも代表的なのが「パーネ・フラッタウ(Pane Frattau)」です。柔らかく戻したパーネ・カラザウに、トマトソースとペコリーノチーズを重ね、仕上げに半熟のポーチドエッグをのせたサルデーニャを代表する郷土料理です。シンプルな材料だけで作られるにもかかわらず、驚くほど満足感のある一皿です。
「フラッタウ(Frattau)」とは、サルデーニャ語で「砕かれた」「細かく割れた」を意味します。かつて羊飼いたちは革製の袋にパーネ・カラザウを入れて持ち歩いていました。しかし、薄く焼かれたパンは長旅の途中でどうしても割れてしまいます。そこで砕けたパンを捨てることなく集め、水やブロードで戻し、チーズなどと合わせて食べたことが、この料理の始まりと伝えられています。
食べ物を無駄にしない先人たちの知恵から生まれた一皿。それでいて、「残り物を活用した料理」という枠を超え、工夫ひとつでご馳走へと変えてしまうところに、イタリアの食文化の豊かさが感じられます。

 

古代から現代へ|サルデーニャの暮らしを支える一枚

古代から受け継がれてきたパーネ・カラザウは、今もサルデーニャの人々の暮らしに欠かせない存在です。スーパーにはさまざまなメーカーの商品が並び、家庭では日常の食卓に、レストランでは郷土料理として親しまれています。さらに結婚式やお祝いの席でも振る舞われることもあり、世代を超えて愛され続けています。パリッと軽やかな一枚のパン。その素朴な味わいの中には、この島の風土や人々の暮らし、そして長い年月をかけて受け継がれてきた食文化が息づいています。サルデーニャを訪れる機会があれば、ぜひ本場のパーネ・カラザウを味わい、この島ならではの歴史と文化にも触れてみてください。

 

サルデーニャの味わいを、食卓へ

デュラム小麦と水、塩。ごくシンプルな材料から生まれたパーネ・カラザウが、何世紀も受け継がれてきたのは、その土地の風土と暮らしに寄り添ってきたからでしょう。イタリアの食材には、こうした「その土地でなければ生まれなかった味わい」が、いくつも息づいています。
オリーブオイルやチーズ、パスタや調味料——ひとつひとつの背景を知ると、いつもの食卓が少し違って見えてくるはずです。イタリア食材ベリッシモでは、各地の風土が育んだ個性豊かな品をご紹介しています。