
ピサの斜塔はなぜ傾いている?歴史・傾きの理由・ガリレオの伝説まで解説
「ピサの斜塔(Torre di Pisa)」といえば、イタリアで最も有名な観光スポットの一つ。世界遺産「ピサのドゥオモ広場」を構成する建物であり、イタリアに行ったことのある方なら観光で訪れ、遠近法を使った面白写真を撮ったことがあるという方もきっと多いのではないでしょうか?倒れそうな塔を支えてみたり、一緒に斜めになってみたり、逆にさらに傾けようと突ついてみたり…。数あるイタリアの世界遺産の中でも、記念撮影だけでこんなにも楽しめる場所はなかなかないですよね。
ピサの斜塔の歴史|大聖堂の鐘楼として200年かけて完成
海洋国家として栄えた中世のピサ
ピサという街は、11世紀にはヴェネツィアやジェノヴァ、アマルフィと並ぶ、イタリア海洋国家の一つでした。ピサ共和国は15世紀にフィレンツェ共和国に併合させるまでの間、中世の地中海貿易の要所として非常に栄えました。
ピサ大聖堂の鐘楼として建設スタート(1173年)
そんな強い都市国家であったピサが、1063年にパレルモ沖でサラセン艦隊を破ったことを記念して建築を始めたのがピサの大聖堂。そしてその鐘楼として建てられたのが「ピサの斜塔」です。1173年から工事が始まり、なんと200年近くの時間をかけて建てられました。建築家のボンナーノ・ピサーノが手掛けたという説が有力ですが設計者は未だわかっていないそう。ロマネスク様式の大きな建造物ですが、大聖堂や洗礼堂とともに、白い大理石がなんとも美しいですよね。
高さ約56m|今もピサの街に時を告げる鐘楼
塔の高さは約56m、内部にある螺旋階段を昇って屋上に出れば、ピサの街並みの絶景を見ることができます。もともとは鐘楼として作られているわけなので、上部にはもちろん鐘があるのですが、鳴らした際の衝撃などによって傾きが増す恐れがあるとして、現在は鳴らされることはないとのこと。今はスピーカーからの鐘の音ではありますが、今もピサの街に時を告げる役割を果たしています。
ピサの斜塔はなぜ傾いている?地盤沈下と試行錯誤の建設
それにしてもこの斜塔、いったいなぜこんなにも傾いているのでしょうか?
最初から斜めに設計されていた?
建設途中で間違えてしまった?
どうして倒れないの?
などなど、初めて見たら真っ先に疑問が浮かびますよね。色々な解説がなされていますが、共通して言えるのは、「わざと斜めに作ったわけではない」ということ。塔を建てたこの土地は、近くを流れるアルノ川が運んできた砂が含まれていたため、建物の基礎を深く作るには地盤が弱かったということが、傾きを生じさせてしまった主な原因だと言われています。塔を建て始めてすぐに地盤沈下が起き、斜めになってしまいそうだから真っすぐに戻そう!と、積み上げていた石の厚さを変えたり、反対側の石を薄くしたり、7つある鐘の重さを一つ一つ変えてみたり、上の部分は傾きと反対に傾くように建ててみたり、と様々な試行錯誤がなされたんだそうです。それでも、本当は高さ100m以上の塔になるはずだったのを諦め、やむなく半分の高さで斜めのままの完成となりました。完成までに200年近くもかかったのは、こうした苦労があったんですね。
倒壊の危機と修復工事|「あと300年は倒れない」塔へ
塔が完成したあとも傾きは少しずつ大きくなっていき、ワイヤで引っ張って支えてみたり、重しを乗せてみたりといった工夫もありましたが、1990年にはついに立ち入り禁止にし、10年をかけての本格的な修復工事が2001年まで行われました。そのおかげで「あと300年は倒れない」というところまで修復・補強が施され、現在では人数制限をしながら一般公開することができています。
ガリレオ・ガリレイとピサの斜塔|落体実験の伝説
さて、ピサ出身の有名人と言えばご存知、“ガリレオ・ガリレイ”。ピサの国際空港は、「ガリレオ・ガリレイ空港」と呼ばれており、この地を代表する著名人であることがわかりますね。ガリレオは1564年にこのピサで生まれ、ピサ大学の教授として研究に従事していました。この間に、ガリレオがピサの斜塔で物理実験を行ったという伝説は有名です。重さの違う2つの球を塔のてっぺんから同時に落とし、同時に地面に到達するのを観察し、「物体の落下速度は その物体の重さよらず一定である」という法則を証明したと言われていますが、本当にガリレオがピサの斜塔で実験をしたのかというと、その事実は証明されていないそうです。
ピサの斜塔への行き方と観光のポイント
ピサはフィレンツェから鉄道やバスを使って1時間程度で行くことができます。フィレンツェを訪れるときにはぜひ、ひと足延ばしてピサの斜塔がどのくらい傾いているかをご自身の目で確かめに行きましょう。塔を昇ってみればその傾きをより体感できること間違いなし。オンラインでの事前予約をして、世界遺産の街を見渡す塔からの眺めとともに堪能してきてくださいね。
イタリアの余韻を、食卓へ
中世の海洋国家の誇りと、傾きと向き合い続けた800年の物語が詰まったピサの斜塔。トスカーナの旅の余韻に浸りたくなったら、ぜひご家庭の食卓からもイタリアの奥行きに触れてみてください。
イタリア食材ベリッシモでは、トスカーナをはじめ各地の風土と作り手の想いが感じられる品をご紹介しています。
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