ラ・ヴェルナ修道院

アンドレア・デッラ・ロッビア《磔刑》|ラ・ヴェルナ修道院に息づく青と白の奇跡

 
トスカーナの森に囲まれた岩山に建つラ・ヴェルナ修道院
深い森に囲まれた岩山に建つ
ラ・ヴェルナ修道院

フィレンツェから車で約2時間。トスカーナ州東部、カゼンティネージ森林国立公園の深い森を縫うように山道を登っていくと、標高約1,100メートルの岩山の上に、一つの修道院が静かに姿を現します。

ラ・ヴェルナ修道院(Santuario della Verna)。決してアクセスが良い場所ではありませんが、それでも毎年、多くの巡礼者や旅行者がこの山を訪れます。

その理由は、この場所がフランシスコ会の創始者・聖フランチェスコにとって特別な意味を持つ聖地だからです。

 

聖フランチェスコの聖痕伝説とラ・ヴェルナ修道院

1224年、フランチェスコはこの岩山で40日間にわたる祈りと断食を行いました。その祈りの最中、6枚の翼を持つ天使の姿と、その中央に十字架にかけられたキリストを見たと伝えられています。そして、この神秘的な幻視の後、フランチェスコは両手・両足・脇腹に、キリストが磔刑の際に受けたのと同じ傷「聖痕(スティグマ)」を受けました。

この出来事はキリスト教史において極めて重要な意味を持つものとされ、ラ・ヴェルナはアッシジと並ぶフランシスコ会指折りの巡礼地となりました。

礼拝堂の周囲には、美しい木々に囲まれた静かな森が広がります。森に吹く風や鳥の声を感じながら、ひんやりとした空気に包まれた聖なる岩場に立つと、この場所がフランチェスコの時代から変わることなく守られてきたことを肌で感じられます。

そして、ここにはもう一つ、多くの人を惹きつける大きな魅力があります。

それは、ルネサンス美術を代表する芸術家一族、デッラ・ロッビア家による壮大な作品群です。

 

森の中に現れるデッラ・ロッビアの「青と白」の世界

デッラ・ロッビアのテラコッタ作品が並ぶラ・ヴェルナ修道院の聖堂内部
デッラ・ロッビアの作品が並ぶ
ラ・ヴェルナ修道院の聖堂内部

ラ・ヴェルナ修道院を歩いていると、礼拝堂や回廊のあちこちで鮮やかな青と白のレリーフに出会います。デッラ・ロッビアの一族による作品の数々です。

デッラ・ロッビア家は、15世紀フィレンツェで活躍した彫刻家一族です。ルカ・デッラ・ロッビア(1399年頃-1482年)は、焼き上げたテラコッタ(素焼きの粘土)に錫釉(すずぐすり)を施すことで、鮮やかな色彩と高い耐久性を兼ね備えた新しい表現を完成させました。

大理石彫刻のような気品を持ちながら、温かみも感じられるこの技法は瞬く間に高い評価を受け、甥のアンドレア・デッラ・ロッビア(1435年-1525年)へと受け継がれていきます。

そして15世紀後半、ラ・ヴェルナ修道院の整備にあたり、主要な装飾制作を担ったのがアンドレアとその工房でした。現在も修道院には20点近い作品が残されており、一つの場所でこれほどまとまったロッビアの作品を鑑賞できる場所は、イタリアでもそう多くありません。

 

テラコッタが生む温かさ―デッラ・ロッビア彫刻の魅力

《受胎告知》アンドレア・デッラ・ロッビア ラ・ヴェルナ修道院ニッコリーニ礼拝堂
《受胎告知》アンドレア・デッラ・ロッビア
1475年頃 ラ・ヴェルナ修道院
ニッコリーニ礼拝堂

デッラ・ロッビア作品の魅力は、硬質なテラコッタでありながら、どこか温かみを感じさせるところです。それはきっと人物の表現にあります。聖母マリアは穏やかに微笑み、幼子イエスには柔らかなぬくもりがあり、天使たちは優しく人々を迎えます。そこには、人を圧倒する壮麗さではなく、静かに寄り添うような美しさがあります。とくに幼児の肉付きや表情はとても愛らしく、どこか身近に感じられる親しみがあります。

限られた色彩が生み出す効果とコバルトブルーの意味

デッラ・ロッビア作品を象徴するコバルトブルーにも、深い意味があります。中世からルネサンスにかけて、青は天上の世界や聖母マリアを象徴する神聖な色でした。神聖さを感じさせる深い青、自然を思わせる緑、アクセントとなる黄色、そして純潔を思わせる人物の白。色数を抑えたシンプルな色彩だからこそ、鑑賞する人の想像力に委ねられる余白も生まれます。限られた色彩の中だからこそ、人物の清らかさや自然の美しさ、そしてそこに込められた尊さが、より鮮やかに浮かび上がってくるのでしょう。

 

《磔刑》―聖痕拝受の礼拝堂に佇む青と白の大作

《磔刑》アンドレア・デッラ・ロッビア ラ・ヴェルナ修道院 聖痕拝受の礼拝堂
《磔刑》アンドレア・デッラ・ロッビア
1481年 ラ・ヴェルナ修道院
聖痕拝受の礼拝堂

教会内部、「聖痕拝受の礼拝堂(Cappella delle Stimmate)」へと足を進めれば、アンドレア・デッラ・ロッビアの代表作《磔刑(Crocifissione)》を見ることができます。


その大きさは、高さ約5.65メートル、幅約4.20メートル。720ものパーツを組み合わせて作られた、アンドレア・デッラ・ロッビアが手がけた釉薬テラコッタ作品の中で最大の一点です。礼拝堂の壁一面を、青と白の世界が覆い尽くしています。

十字架にかけられたイエス・キリストを中心に、聖母マリア、聖ヨハネ、聖フランチェスコ、聖ヒエロニムスらが配され、その周囲には、作品を縁取るように愛らしい天使たちが顔をのぞかせています。アーチ状に取り囲む緑の植物は、まるでカゼンティーノの森のようです。白い人物たちからは清らかさと穏やかなぬくもりが感じられ、そして深い青は、この場所に伝わる聖痕拝受の神秘を際立たせています。

 

ラ・ヴェルナで出会うデッラ・ロッビアの青と白

フィレンツェへ行けば、数々のロッビア作品を見ることができます。

けれど、ラ・ヴェルナで出会う作品には、少し違った魅力があります。それらは今も礼拝堂や回廊に置かれ、人々の祈りを見守りながら、この場所に息づく物語を伝え続けています。

修道院を取り囲む深い森、澄んだ空気と静寂に包まれた空間。そして、何百年もの時を越えて語り継がれてきた聖フランチェスコの奇跡。その中に佇むロッビアの青と白は、見事なまでにこの場所に溶け込んでいます。

そこで《磔刑》を前にすると、聖フランチェスコがこの山で祈り、幻視を体験した遠い時代に、ほんの少しだけ思いを重ねることができるでしょう。

ラ・ヴェルナには、そんな不思議な魅力があります。山の上の静かな修道院で、青と白の作品が語りかけてくるもの。その声に耳を澄ませるように訪れてみるのも、ラ・ヴェルナの楽しみ方のひとつかもしれません。

 

イタリアの余韻を、食卓へ

森の静けさの中で守られてきた青と白の世界に心を動かされた方は、ぜひ食卓からもトスカーナの奥行きに触れてみてください。
イタリア食材ベリッシモでは、土地の個性と作り手の息づかいが感じられる品をご紹介しています。