
ピッツォッケリとは|そば粉から生まれたヴァルテッリーナの郷土パスタ
イタリアの国民食といえばパスタ。そしてイタリアのパスタといえば、スパゲッティやペンネ、ラザニアなど、小麦粉を使ったものを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
ところが、イタリア北部には、ちょっと変わったパスタがあります。
その名も「Pizzoccheri(ピッツォッケリ)」。灰茶色をした幅広の平打ち麺で、なんと「そば粉」を使って作られています。
ピッツォッケリの主な原材料は、水、そば粉、小麦粉です。伝統的なレシピでは、そば粉を8割、小麦粉を2割ほど使うものもあり、粉の配合だけを見ると、日本の「二八そば」と同じ割合です。とはいえ、こちらは日本のそばとはひと味違う、れっきとしたイタリアの郷土パスタ。いったい、どんな料理なのでしょうか?
ピッツォッケリの故郷、ヴァルテッリーナ
ピッツォッケリが生まれたのは、スイスとの国境にも近いロンバルディア州北部、アルプスの山々に囲まれたヴァルテッリーナ地方です。なかでも、標高約900メートルの高地にある町テーリオ(Teglio)は、「ピッツォッケリの故郷」として知られています。
なぜこの土地では、「そば粉」を使ったパスタが生まれたのでしょうか?
その理由を知るには、ヴァルテッリーナの土地と農業に目を向ける必要があります。
記録によると、ヴァルテッリーナ、特にテーリオ周辺では、そばが17世紀にはすでに栽培されていたことがわかっています。
ヴァルテッリーナのようなアルプスの山間部では、平地に比べて小麦などの穀物を大規模に栽培することが容易ではありませんでした。一方そばは成熟が早く、アルプスの環境にも適応しやすい作物でした。そこでヴァルテッリーナではそばが栽培されるようになり、食生活を支える作物のひとつとなっていきました。
こうして育てられたそばは、粉にしてさまざまな料理に利用され、家庭料理として食卓に並ぶようになります。つまり、そば粉を使った料理は、単なる「変わり種」のレシピではなく、その土地で手に入る作物を生かしながら生まれた、山の暮らしと結びついた食文化だったのです。
バターとチーズで濃厚な味わいの一皿に
当時、山間部では生地を伸ばすための大きな台を持たない家庭も多かったため、農家や山の牧草地などでは、同じような生地をニョッキのような形にして食べることもありました。
当時は、そば粉を使ったニョッキやタリアテッレなども、総じて「ピッツォッケリ」と呼ばれていたことがわかっています。
現在では、ピッツォッケリといえば、そば粉と小麦粉を使った平打ちの麺を、ジャガイモやちりめんキャベツ(verza)などの野菜と一緒に茹で、たっぷりのバターとチーズで仕上げて食べるのが一般的です。
日本では「そば」というと、つゆでいただくあっさりとした料理を思い浮かべますが、ヴァルテッリーナのピッツォッケリは、バターとチーズをたっぷり絡めた濃厚な味わいなのです。冬の寒さが厳しいアルプスの山間部だからこそ、温かく、食べ応えのある一皿が、地域の食卓に根付いていったのかもしれません。
郷土の味をこれからも
19世紀まで盛んに栽培されていたそばですが、時代とともに市場や農業を取り巻く環境が変化し、その栽培量は徐々に減少していきました。かつては、アルプスの山間部でも育てることのできるそばが、地域の大切な食料のひとつでした。しかし時代が進むにつれて、他の作物がより選ばれるようになり、山間部で手間をかけてそばを栽培する経済的な意味は次第に小さくなっていったのです。現在、ヴァルテッリーナを含むソンドリオ県に残るそばの栽培面積は約20ヘクタールとされています。
一方で、そばとともに育まれてきた食文化を守ろうとする取り組みも続いています。現在、「Pizzoccheri della Valtellina」はIGP(地理的表示保護)の対象として認められており、ヴァルテッリーナを代表する伝統食品として、その名称と製法が保護されています。そば粉を使ったピッツォッケリは、ささやかながらも今もこの土地の歴史や食文化を伝える料理として受け継がれているのです。
もしロンバルディアの山間部を訪れることがあったら、ぜひ本場のピッツォッケリを味わってみてください。素朴なそば粉の麺に、バターとチーズ、野菜が絡んだ一皿から、かつてのヴァルテッリーナの山の暮らしと、それを後世に伝えようとする地元の人々の思いを感じられるかもしれません。
イタリアの余韻を、食卓へ
そば粉と山の野菜、バターとチーズ。ヴァルテッリーナの厳しい自然と暮らしから生まれたピッツォッケリには、その土地でなければ生まれなかった味わいが息づいています。山里の一皿に心を動かされた方は、ぜひご家庭の食卓からもイタリアの奥行きに触れてみてください。
イタリア食材ベリッシモでは、各地の風土が育んだ個性豊かな品をご紹介しています。
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