パレルモ

イワシのパスタが語る、シチリアの歴史
|パスタ・コン・レ・サルデ(パレルモ)

地中海の真ん中に浮かぶシチリア島は、料理好きにとって特別な場所です。ギリシャ、ローマ、アラブ、ノルマンなど、さまざまな文化がこの島を行き交い、そのたびに新しい食材や調理法がもたらされました。そうして生まれたシチリア料理は、地中海の恵みと異文化の影響が重なり合う、豊かな個性を持っています。太陽に照らされた海と市場のにぎわい、そして路地に漂う食欲をそそる香り…。島を歩けば、その豊かな食文化を五感で感じることができます。

パレルモ

そんなシチリアを代表するパスタのひとつが、パスタ・コン・レ・サルデ(Pasta con le sarde=イワシのパスタ)です。食材は、イワシのほかに玉ねぎ、レーズン、松の実、サフラン、そして茹でて刻んだたっぷりのフェンネルと、フライパンで炒ったパン粉。旬のイワシと野生のフェンネルの香りを生かして作るシンプルな一皿です。海の食材であるイワシと、山の食材であるフェンネル、そして乾物が一皿の中で調和します。塩気の中にほんのりとした甘みと香りが重なり合う、シチリアらしい味わいです。

イワシのパスタ

パスタ・コン・レ・サルデのレシピには、ひとつの物語が伝えられています。
9世紀、ビザンツ帝国の支配下にあったシチリアで、提督のエウフェミオ・ダ・メッシーナが反乱を起こし、北アフリカのイスラム勢力に助けを求めました。この出来事をきっかけにアラブ軍がシチリアへと上陸し、島には新たな文化がもたらされることになります。その影響は食文化にも及び、サフランや干しぶどう、松の実といった東方由来の食材や、甘味と塩味を組み合わせる味わいがこの地に根づきました。
そして、もうひとつの語り継がれる物語があります。当時、遠征中のアラブ軍に仕えていた料理人が、限られた食材で兵士たちの食事を用意しなければなりませんでした。海で獲れたイワシ、野に自生するフェンネル、そして携えていた乾物——それらを即席で組み合わせて生まれたのが、このパスタの始まりだというのです。
もちろん、この話がそのまま史実であるとは限りません。しかし、パスタ・コン・レ・サルデに広がる海の香りと、レーズンやサフランを用いたその味わいには、異なる文化が交わったシチリアの歴史が、今もなお息づいているように思えます。

一方で、この料理は庶民的なレシピの代表でもありました。主役のイワシは、かつては安価でありふれた魚とされ、時には他の魚を釣るための餌として使われることもありました。また、もうひとつの重要な材料である野生のフェンネルは、道端や丘に自生する植物です。パレルモではこの料理を冗談まじりに「ゴミのパスタ(pasta c’a munnizza)」と呼ぶことがあります。価値の低い食材から作られる料理、という意味から生まれた呼び名ですが、そこには庶民の暮らしから生まれた料理への親しみも感じられます。
現在、このパスタはシチリアを代表する料理として世界中で知られています。特にパレルモでは、春になると市場に並ぶ新鮮なイワシとフェンネルを使って家庭で作られることが多く、3月19日の聖ヨセフの日の食卓に並ぶ料理としても知られています。使う食材や味付けにはそれぞれの家の個性があり、甘みを強くするか、香りを引き立てるかによって印象も変わります。決まった形がありながらも、作り手ごとに少しずつ違う。そんな柔軟さもまた魅力のひとつです。

市場に並ぶ新鮮なイワシとフェンネル

ありふれた材料から生まれた一皿が、長い年月を経て地域を象徴する料理となりました。伝説、歴史、そして庶民の暮らし。パスタ・コン・レ・サルデは、そんなシチリアの物語を静かに語ってくれる料理なのです。


ありふれた材料から生まれた一皿が、長い年月を経て地域を象徴する料理となりました。伝説、歴史、そして庶民の暮らし。パスタ・コン・レ・サルデは、そんなシチリアの物語を静かに語ってくれる料理なのです。
もしこの記事を読んで、シチリアの味わいを少し身近に感じてみたくなりましたら、ベリッシモでイタリアの食材をのぞいてみてください。食材ひとつから、旅するような食卓がはじまります。