湖と奇跡の町、ボルセーナ

湖と奇跡の町、ボルセーナ

【第十八話】イタリア巡礼路を辿る†~魂を彩る神聖な旅~

イタリア中部、ラツィオ州の北端にボルセーナという町があります。ボルセーナ湖の周囲の丘陵地帯につくられたこの街は、人口はわずか3,700名の小さな町ですが、夏には湖畔での涼と休息をもとめて、各地より観光客のあつまるリゾートでもあります。

 

広大で静か、美しきボルセーナ湖

ボルセーナ湖(Lago di Bolsena)は、ヨーロッパ最大級の火山湖です。およそ30万年前の火山活動によってできたこの湖は、直径が13キロ以上もあり、ほぼ円形のユニークな形をしています。水の透明度が高く、夏には泳いだり、釣りをしたり、ボートに乗ったりと、多くの人が思い思いの時間を過ごしています。湖には「ビゼンティーナ島」と「マルターナ島」という2つの小さな島があり、ボートツアーで訪れることもできます。夕方になると、空の色と一緒に湖の水面もゆっくりとオレンジ色に染まり、その景色を眺めながら湖畔でのんびりするひとときは格別です。

湖と奇跡の町、ボルセーナ

 

ボルセーナに伝わる「奇跡」

ボルセーナの町は、小さいながらも歴史の深い場所です。中でも「サンタ・クリスティーナ教会」は、この地で起きた「聖体の奇跡」の舞台としても知られています。この奇跡はカトリック教会のミサにおける「聖体拝領」に由来しますが、「聖体拝領」とは、ミサの中で信者が司祭から小さなパンを受け取って食べる儀式のことです。このパン(カトリック教会では薄いウエハースが用いられることが多いです。)はカトリックの信仰においては、ただのパンではなく「イエス・キリストの体」そのものだと信じられています。ミサの中で司祭が特別な祈りをささげることで、パンはキリストの体になると考えられているためです。

13世紀、聖体の教えについて密かに疑問を抱いていたというドイツ人の司祭が、このサンタ・クリスティーナ教会でミサをあげていました。そのとき、聖体から突然血が流れ始めたというのです。聖体から流れ落ちた血は祭壇布を十字の模様に染め、その祭壇布はオルヴィエートの大聖堂にいまも大切に保管されています。これが、ボルセーナに伝わる「聖体の奇跡」です。

ラファエロによって描かれた<ボルセーナのミサ1511年 >ラファエロによって描かれた<ボルセーナのミサ1511年 >ミサを行っている中央左側の人物がドイツの司祭。画面左側に描かれたミサの出席者が驚いている。画面右側はユリウス2世とスイス人護衛兵が奇跡の証人として描かれている。

 

奇跡と再出発の巡礼地

奇跡の舞台となったサンタ・クリスティーナ教会は、フランチジェナ街道を行く巡礼者たちにとって欠かせない立ち寄りスポットです。ただの歴史的建造物ではなく、「信じる」ということの意味を改めて問いかけてくる場所でもあります。ここに伝わる奇跡の物語に触れることで、心のどこかにある迷いや弱さと向き合い、自分自身と静かに対話する。そんな時間を過ごす人も少なくありません。そして教会を後にするとき、ほんの少し気持ちが整っている。その感覚を胸に、巡礼者たちは再びローマへの道を歩き始めます。

 

聖体の奇跡を祝う花の祭典

さて、毎年6月、ボルセーナではこの奇跡を記念して「聖体祭」が盛大に行われます。
祭りのハイライトは、住民たちの手で丁寧に作り上げられる花絵(インフィオラータ)です。通りに何メートルにもわたって、キリスト教をモチーフにした絵柄が花びらで描かれ、その美しさはまるで花の絨毯のようです。この上を、聖体を抱えた司祭がゆっくりと進む光景は、とても神秘的です。ひとつひとつの花びらを敷き詰める作業は非常に根気のいるもので、住民たちがこの奇跡をどれほど大切に受け継いできたかが伝わってきます。聖体が再び町に戻ってくることへの歓迎の気持ちが、花絵のひとつひとつにあふれているのです。

インフィオラータ

この祭りの期間、ふだんは静かなボルセーナが、色とりどりの花と人々の笑顔でにぎわい、訪れるすべての人を温かく迎えてくれます。

次のイタリア旅で少しだけ足をのばす時間があるなら、ぜひこの「湖と奇跡の町」ボルセーナを訪れてみてください。湖畔で過ごす静かな時間や、何世紀も語り継がれる奇跡の重厚感、そして年に一度、きらめくように美しい華やかな祭り…忙しい日常の中で忘れてしまいがちな、静けさや祈りのようなものが、きっとこの町でそっと心に触れてくれるはずです。

文責/アドマーニ