サン・ジミニャーノ

【第三話】イタリア巡礼路を辿る†～魂を彩る神聖な旅～

キリスト教徒が歩む巡礼路とは皆様もご存知の通り、1日にして終わるような道のりでは決してありません。何日もの時間をかけ、心身の浄化を目指して進むもの。となれば、道中にある街に立ち寄り、休息する時間が大切なのは言うまでもないことでしょう。今回はイタリアにある巡礼路の中でも有名なVia Francigenaの行程の中で、行く人々を中世の歴史的な街並みで迎えてくれるサン・ジミニャーノという街をご紹介します。

サン・ジミニャーノ（San Gimignano）という街はVia Francigenaの途中、トスカーナ地方を行く部分の真ん中あたりに位置しています。少なくとも紀元前3世紀以降にはエトルリア人の街として存在し、周辺地域を見渡せるほどの標高が戦略的な街を作る場所にふさわしいとして選ばれたと考えられています。いまだ13～14世紀の外観がほぼそのまま残っており、イタリアにおいて現代に残る歴史的な街並みの最も優れた例の1つとして評価され、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。

Via Francigenaは990年から994年までイギリス・カンタベリーの大司教を務めたシゲリックが、ローマ教皇ヨハネ15世の手から大司教の威厳の象徴であるパリウムを受け取る為に旅をしたルートが起源とされています。パリウムというのは、カトリック教会で用いられる典礼服で、肩に巻く帯状の白いウールの布からなるものです。キリストがそうであったように羊飼いが肩に担ぐ羊を表しており、聖職者（牧人）の役割の象徴とされているのです。シゲリックがローマからイギリスへ帰る旅程を記した旅行記が現在も残っており、サン・ジミニャーノのことがはっきりと記されているため、間違いなく正規のルートにあたる街だったと言えるでしょう。帝政時代のローマ街道沿いの宿場のことをマンシオと言い、中央政府が運営し、高官や役人、国家的な理由で旅行する人々が利用する場所でした。施設を利用出来る人はパスポートのような書類で識別され、サン・ジミニャーノは19番目のマンシオだったとされています。

1150年頃、Via Francigenaに新しいルートが出来たにも関わらず、サン・ジミニャーノは領土拡大と商業における成功によって、この巡礼路の中心地としてあり続けました。それには地元の農産物であり、貴重でかつ人気のあったサフランの取引が大きく貢献していたと言われます。サフランはイタリア国内のピサやルッカ、ジェノヴァなどの都市に加え、フランス、オランダ、遠くはシリアやエジプトで販売されていました。さらに他のトスカーナ地方の中心地と同様に、金融業と高利貸しが広まると、これによって富を得た者たちが貴族階級となっていったのです。貴族階級は権力を誇示するために塔の建設を行い始め、14世紀には72基もの塔が建てられました。しかし歴史に残るような発展を遂げた多くの街々がたどる悲運の例に漏れず、サン・ジミニャーノの栄華が永遠に続くことはありませんでした。

14世紀になると、内部抗争や黒死病が、さらに1348年の飢饉によって人口が激減したことをきっかけに、疲弊したサン・ジミニャーノは1351年にフィレンツェに自発的に降伏し、自治権とトスカーナ地方における経済的、政治的な権力を放棄しました。このような衰退にもかかわらず、14世紀から15世紀にかけて、シエナ人やフィレンツェ人などの中から多くの巨匠と呼ばれる人物がサン・ジミニャーノに滞在したおかげで、芸術的な観点から重要な街となりました。その後も衰退は続くものの、街の建築物には手を加えられることが無かったという点が、中世の外観を今日まで残すことができた大切な要因だったのでしょう。

ロニョーザの塔

トッレ・グロッサ

現在のサン・ジミニャーノは美しい街の外観とそびえ立ついくつもの塔が有名で、“中世のマンハッタン”と呼ばれています。かつては72基があったものの、今でも残る14基の塔の中で最も古いものは、13世紀初頭に建てられたTorre Rognosa（ロニョーザの塔）。最も高い塔はTorre Grossa（トッレ・グロッサ）とも呼ばれるTorre del Podestà（トッレ・デル・ポデスタ）で、高さは54メートルです。塔の建築が全盛期の時代には、一般市民がロニョーザの塔よりも高い塔を建てることは法令により禁じられていたのだとか。当時の最有力家系であったアルディンゲッリ家とサルブッチ家は、自分たちの権力を誇示するために、ほぼ同じ大きさでロニョーザの塔よりも少し低い塔を2つ建てたという逸話も残っています。こうした建築物が作り出したこの街の独自性と美しさが19世紀末頃に再発見され始め、1990年にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。巡礼路を進むことは、中世の人々が進んだ道のりを追体験することでもあります。Via Francigenaを進む巡礼者たちは、聖ジミニャーノの聖堂でひと時の休息を取ったのかもしれません。はるか昔から脈々と受け継がれる人の歴史を感じさせてくれる「塔の街」。皆さまもぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。