
サルザーナ:地理・歴史・信仰の交差点
【第十六話】イタリア巡礼路を辿る†~魂を彩る神聖な旅~
交通の要所としてのサルザーナ
本日ご紹介する街は、サルザーナ。ここは、リグーリア州ラ・スペツィア県に位置する、人口約2万2千人ほどの街です。主要な鉄道や道路網に接続しておりジエノバ、フィレンツェ、ボローニャなどの周辺の主要都市からのアクセスが容易であるため、大都市の観光の傍ら少し足をのばして、または近隣の観光地への拠点として、立ち寄りやすい場所です。
歴史の交差点としてのサルザーナ
この土地、いまとなっては観光スポットとしては申し分のないロケーションですが、トスカーナ州とリグーリア州の境に位置するため、かつてはジェノヴァとフィレンツェの間で争奪戦の対象となり、度々支配者が変わったという歴史を持っています。そのため街の周りには城壁や要塞が築かれ、異民族の侵攻や都市国家間の争いから街を守る役割を果たしていました。そんなサルザーナの街は、フランチジェナ街道の巡礼者にとって休息を取るための重要な地点でもあり、街には多くの宗教施設が存在し、巡礼者に宿泊場所などの支援を提供していました。軍事的、宗教的に重要なポイントであったこの街は、いまでもその姿を垣間見ることのできる遺産が残されています。それでは、街の様子を見ていきましょう。
フィルマフェデ要塞:中世の記憶を伝える城壁
まずは、街のシンボル、フィルマフェデ要塞(Fortezza Firmafede)から始めましょう。
フィルマフェデ要塞は、サルザーナの歴史的中心地区のすぐ近くにあり、街の広場や主要な通りから徒歩で訪れることができます。市街地の一角を占めるこの要塞は、城壁に囲まれた堂々たる姿、特に円筒形の搭が大変印象的で、街の象徴ともいえる存在です。「石」が持つ力でしょうか、この要塞を訪れると、まさに中世にタイムスリップしたかのような気分を味わえます。
フィルマフェデ要塞は13世紀にピサ共和国によって建造されましたが、15世紀にはフィレンツェ共和国のロレンツォ・デ・メディチによって拡張され、分厚い石壁や円形の塔を備えた堅牢な防衛施設へと進化しました。16世紀以降、サルザーナはジェノヴァ共和国の支配下に入りますが、要塞の建造は続けられ、要塞から始まって町全体を囲む壁が建設されました。現代では、この要塞は当時のフィレンツェの軍事建築の貴重な例であるだけではなく、文化的な拠点として多くの人に愛されています。また城壁の上からの眺望は素晴らしく、近くにはサルザーナ大聖堂や中世の町並みが広がり、遠くには周囲の美しい丘陵地帯を見渡すことができます。
聖血を伝えるサルザーナ大聖堂
さて、次は強固な要塞のすぐ近くに立つ、もうひとつの街のシンボル、<サンタ・マリア・アッスンタ教会(サルザーナ大聖堂)>を見ていきましょう。この大聖堂の前に立った時、最初に目に入るのは美しい、白いファサードです。この独特の白さは、隣街であるカッラーラの大理石の白であり、教会を建設するにあたり地元の石を利用したということがわかります。13世紀に建設が始まったこの聖堂は、数世紀にわたり建設が続けられました。そのためロマネスク式の鐘楼、バロック式の内装、といったように複数の異なった様式が見られます。
この大聖堂は、フランチジェナ街道を行く殉教者にとって非常に重要なポイントとなるでしょう。というのも、この聖堂には聖遺物として「キリストの聖血」が収められているからです。キリストの血のついた十字架の一部がこの地に保管され、受け継がれています。通常は公開されていませんが、ガラスの容器に入れられた聖遺物は、今でもこの教会の右側の礼拝堂に大切に保管されています。そのためサンタ・マリア・アッスンタ聖堂は、フランチジェナ街道における重要な聖地の一つであり、聖遺物<聖血の十字架>を拝むための特別な場所なのです。現在でも多くの巡礼者がこの聖堂を訪れています。
巡礼者にとってのサルザーナの特別な意味
サルザーナの街は、トスカーナとリグーリアの中間であり、軍事拠点として栄えましたが、ローマへの道のりを目指す巡礼者にとっては、巡礼の旅の「後編」の入り口。彼らは聖堂での祈りを通じて精神的な支えを得るとともに、旅の仲間と情報を交換し、次の目的地へと備えました。リグーリア地方特有の、ひよこ豆の粉を薄く延ばして焼いたファリナータと、サルザーナの静かな街並み、美しい自然が、次の目的地へ向かうエネルギーとなったことでしょう。今も昔も、サルザーナは巡礼者たちにとって、地理的・歴史的・信仰的な意味で特別な場所であり続けているのです。
文責/アドマーニ

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